生涯未熟

生涯未熟

プログラミングをちょこちょこと。

最小のアクションは幸福に繋がるのか?

こんばんはこんばんは!


ってなわけではまちちゃんの記事が更新されてたので、ちょっと自分的に気になるところを考えてみる。


・最小のアクションで最大のリアクションを - ぼくはまちちゃん!
http://d.hatena.ne.jp/Hamachiya2/20110908/reaction


・本当に最小のアクションがいいの?

考えるんじゃない、感じるんだ」と某アクションスターばりに、今の読み物系の記事ってのはその時々の「感じ」で様々なボタンが押される。

逆に、ボタンが無くてその記事をどうにかして自分で加工して他人に伝えなきゃいけないってのはハードルが高く、行動にコストがかかります。



で、結果何が起こるかって言うと、筆者は反応が欲しいから記事内に、各媒体へ記事を素早く送信するためのボタンを置くことになる。

ここまではうんうんと頷けるんだけど、結局はその「感じ」を促すための記事ってのが多く出回っちゃうってのがダメなんじゃないかと思う。



例えば、「炎上マーケティング」やら「ある出来事を面白おかしく改変」したりだとか、

記事見て5秒で飛びついちゃうようなものが多くの反応を占めちゃって、その反応が他人に広がってと無限ループ状態に。



確かにそんな記事も暇つぶしにはいいが、一種のうんこ製造機の一部システムとして最小のアクションであるボタンが働いちゃってるんじゃないかなー。

現に、多くの人の目に触れれるように、はてなブックマークのブックマーク数を自演しちゃったりする人もいちゃいますしね。




で、そんな記事見なければいいじゃんってなるとこなんだけど、はてなブックマーク人気エントリーとかザッと記事に目を通したい時にとてもウザったい。

こういう最小のアクションってのは、記事を書く側にとっては素晴らしく良いんだけど、利用者側・見る側にとっては良いとは言い切れない側面もあったりするんではないかな。



「それが本当に幸せなのかどうなのかわからないけど」とはまちちゃんは書いてるが、

僕にとってはあまりにもハードルの低いアクションは、書く側・見る側両方をダメにするLose-Loseな機能になっちゃうんだと考える。





facebook
facebook
posted with amazlet at 11.09.11
ベン・メズリック
青志社
売り上げランキング: 23337