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生涯未熟

プログラミングをちょこちょこと。

前回の・・・

爆笑問題のニッポンの教養」の中田力さんの回を見損ねた・・・


なんてこったい\(^o^)/



まぁいつか再放送してくれることを祈りながら、今回の広田照幸さんの回のレビューします。


今回の番組のテーマは「教育」についてです。

今や学校はモンスターペアレントやいじめ問題など様々な問題がありますが、広田照幸さんはそういった問題を抱える教育になにか改革を施せないか?と、過去の日本の教育を研究している方です。


この教授が明治の浪人生の日記を解説してくれるんですが、やはりかなり早い時期から受験戦争というものがあったんだな、としみじみと思った。


それにしても、太田の発言でNHKで流していいの!?っていうギリギリな下ネタが飛び出して驚いたわw



今回の流れとしては、「学校の教育は何が出来るのか?」というものでした。
「多様な価値観を持つ子供たちに、ひとつの指向性の教育でいいのだろうか」というのが教授がもっとも疑問に思う今の教育のあり方である。
私としては、この話を聞いたときにふとイギリスの元首相のサッチャーを思い出した。
サッチャーは教育政策として全ての学校の教育の統一化を実行したが、これはやはり子供の多様な価値観を画一化してしまい、子供の自由な進歩を止めてしまったのだろうか?などと私は思う。


この考えとは逆に、太田は子供の関心が赴くままに自由な教育を施せばいいじゃないか、と提言するがこれには問題がある。
学問として系統がまばらに学習されてしまうことである。
いくら高度な問題から入ったとしても、基礎的な知識がないため結局は分からないままになってしまう。
このため教育としては、徐々に教えていくことが大切にはなる。

ようするに教育が目指す目標としては、学問の基礎的な部分は教えつつ子供の関心が向く問題も扱わなければいけない。
さらにそれらに、子供の精神的な発展という問題も複合してくる。

しかし、私は精神的な発展は基本的に学校に頼らないほうが良いのでは?と考える。
なぜなら、学校という規範に縛られたものを学んでは精神的にも規範の中で動くとても狭いものとなってしまうからで、それよりは各家庭での様々な特色が働いた精神の方が自由な発想が生まれるのであろう、というのが私の考えである。


統括として、学校で学べるものは学んで家庭で学べるものは学ぼうというのが今の日本での教育のスタイルである、と今回の番組を見て感想を持ちました。






それにしても来週はまた再放送か・・・orz
見逃した回を再放送してくれるのは有難いのだが・・・